2012年11月1日木曜日

10月22日


10月22日 10:00~16:00 ナムチェ高度順化



《三浦豪太さん遠征日記より》


昨日も行ったのだが、今日もゾルカンの丘に行って朝のエベレストに挨拶してきた。

ゾルカンの丘はナムチェで最も綺麗にエベレストが見えるポイントで、僕がナムチェにいるときは必ず朝飯前にここに山を見にくる。

昨日も五十嵐さん、大城先生、三戸呂君を連れてきたが、今日は貫田さんも加わりみんなで朝のエベレスト、アマダブラム、コンデリの巨大なヒマラヤパノラマを楽しんだ。

朝食が終わると、全員でエベレストビューホテルを目指した。

エベレストビューホテルは、日本人の宮原巍さんが建てた世界で一番標高の高い所にあるホテルでそこから眺めるエベレストの景色も世界一だろう。

ゆっくりと2時間かけながらホテルにたどり着く。

今日は快晴!!! 素晴らしいエベレストの景色をバックにみんなでミルクティーを飲む。

エベレストビューホテルの地鶏を使った親子丼も有名だが、今日はピンゾーさん家族が昼食を用意してくれているので我慢して、シャンボチェに行く。

ピンゾーさんの所に着くと、色とりどりのイタリア風野菜ピクルスがあった。オリーブオイルとほのかな酸味が絶妙である。

そしてパスタとカレーが出てきた。

妙な組み合わせだが、パスタのゆで加減と味付け、そしてヤックのチーズが絶妙のコンビネーションでおなかを満たす。

おかげでカレーもおいしいのだが、そこまで行きつかなかった。

チミは以前、ロブチェにあるイタリア人が持っている「ピラミッド」といわれる測候所に勤務していたことがある。ここのイタリア人に本格的なイタリアン料理を教わったという。

チミの奥さんもイタリア留学経験があり、二人の料理の腕前は絶品だった。

おなかも満足に、食事のお礼をいい、ナムチェに戻る。
 
 
ピンゾーさんの手作り料理

三浦校長

三浦校長と大城ドクター
 
 

 
三浦校長、順調にトレーニングを進めていらっしゃるようです。
日本人の宮原巍さんが建てた世界で一番標高の高い所にあるエベレストビューホテル、私も行ってみたくなりました。
この2日間は高度順化という、標高の高い場所に体を慣らすトレーニングでしたが、明日からはまた少しずつ高いところへと進んでいくようです。

10月21日


10月21日 14:30~17:00 ナムチェ高度順化



《三浦豪太さん遠征日記より》


父の歯がいよいよ深刻な状態になった。

歯が痛くて集中もできず、食事もろくにできない。

昨日のうちにチミに連絡して歯医者の予約を朝の10時とってもらった。

ナムチェにある歯医者についてみんな興味津々、お父さんの後ろを大名行列のように、全員でゾロゾロついていく。

クリニックの名前は「Namche Dental Clinic」。そこにはシェルパの女性、ナワン・ドカ・シェルパが常駐歯科医としていた。彼女はカナダでデンタルセラピストの勉強をして、  1991年にナムチェで開業した。これ以前は歯医者はいなく、カトマンズのような大きな町に出るか、ひたすら我慢するしかなかったという。

クリニックはアメリカンヒマラヤン基金の寄付、地元民のサポート、そして海外からのトレッカーや登山者の寄付金によって成り立っている。

普段僕達が日本で目にするような歯科医院ではないが、小さいながらも十分に器具と薬は揃っているように見える。

ぞろぞろのなんとかのフンみたいに父のあとをついて行った僕達をナワンは快く迎え、治療の見学をすることを許可してくれた。

彼女は父の口の中をみると早口でまくしたてた。

「これは大変、歯がぐらぐらして、瘍膿もかなり激しいわ、これは抜くしかないわ」と

父もこれほど痛いのなら、80歳まで頑張っていた歯ではあるが抜いて欲しいという事で

麻酔を注射、あっという間に抜歯。

彼女の麻酔も抜歯の手際も見事でさすがカナダ仕込みの歯医者だった。

これから心配なのは抜いたところが化膿することなので、抗生物質を5日間服用と少なくとももう一日安静を命じられた。

幸い、山岳医の大城先生も同行しているので、抗生物質は十分にあるし、化膿の兆候が出たらすぐにわかる。

明日はクンデに向かう予定であったが、クンデはそれほどここから遠くない。明日は一日休養を兼ねた様子みとして、明後日からクンデを飛ばして次のポルツェに向かうことにプランを変更した。

夕方、お父さんは安静だが、僕達はシャンボチェのピンゾーさんの所に高度順化を兼ねていってみた。ピンゾーさんは父がエベレストを滑走した40年前からの知り合いで家族ともども親交が深い。

ピンゾーさんが住む、シャンボチェは小型機が着陸可能な滑走路を持つ飛行場だが、飛行機会社が採算が取れないという事で定期便を今年の春を最後にやめてしまい滑走路には草が生えていた。

ピンゾーさんは定期便が来るときは飛行場のオペレーターをしていたがいまでは時々来るチャーターヘリを誘導する程度だ。

しかし、ただでは転ばないのがピンゾー一家。息子のチミとこの近辺に沸くミネラルウォーターを入れるペットボトルを作ることを考え、中国からペットボトルを作る機械を仕入れた。

これまでは空のペットボトルをカトマンズから持ってきたが、ペットボトルは軽い割にかさばり、輸送する数に限りがあった。しかし、地元でペットボトルを作ることができれば材料はそれほどかさばらず、大量に作ることができる。

なかなか面白い着眼点だとおもった。

明日はお父さんも歯の痛みも治るだろう、翌日の再会を誓いナムチェに戻る。
 
 

抜歯中の三浦校長

ピンゾー一家と豪太さん
 
 
 
日本から遠く離れた国の標高の高い山に住んでいる家族と深い親交があるなんて、さすが校長ですね!

 



10月20日



10月20日 7:50パクディン(2610m)出発→16:30ナムチェ(3440m)着



《三浦豪太さん遠征日記より》


朝起きたとき、お父さんから相談があった。

「豪太、奥歯が痛くてぐらぐら動いている」といわれて、見てみると確かに、左奥歯がぐらぐらしていて、歯茎も化膿しているように見える。

これはどうしようもないので、今日の目的地であるナムチェバザールに、歯医者がいるかサーダーと確認した。

サーダーは病院はあるが、今日は土曜日なのでやっているのか分からないという。

虫歯の問題は遠征にとって重要で、高所に上がるほどに症状は悪化する。できれば今日中に行って治療を行いたいと思った。

パクディンからナムチェの行程は最初の難関だ。標高2600mのパクディンから3400mのナムチェに移動するため、標高差と行動時間が長く高山病がでやすい。

そのため、ペースを守りながら行くのが重要だが、歯医者さんがやっている時間内にナムチェにつくという思いが気持ちを早まる。

昼食場所であるジョサレには予定よりも一時間早い11時、ナムチェも予定よりも1時間早い午後4時に到着した。

ナムチェにつくと、友人のチミが迎えに来てくれていた。チミに歯医者は今日やっているか確認してみると、土曜日はやっていないが、明日はやっているという。

お父さんには気の毒だが、明日まで我慢してもらうことにした。

ナムチェにつくとお父さんの撮影をする為に自己負担でネパールに来ていた亀川さんと合流、さらに画家の田淵先生もナムチェで待っていた。歯痛で食べれぬお父さんには悪いが、みんなでヤックステーキ(ヤック=高所に住む牛)で再会をお祝いした。


 
荷物を背負う三浦校長

エベレスト街道トレッキング中
 
 
 
順調にトレーニングを進めていらっしゃるようです。
引き続きがんばってください!


2012年10月24日水曜日

10月19日

10月19日からさっそくトレーニングが始まりました。

10月19日 7:40カトマンズ(1300m)出発→14:50パクディン(2600m)着



《三浦豪太さん遠征日記より》

いよいよ、ロブチェイーストを目指して出発する。朝5時、まだ外は暗いうちに起きたが、時差ぼけのためそれほど苦労せずに朝は起きることができた。

今回のメンバーは三浦雄一郎、貫田さん、五十嵐さん、大城先生、三戸呂君、そして僕というメンバーだ。

今回の遠征の目的だが、来年のエベレストを見据えて、三浦雄一郎の体調確認、体力向上と技術向上にある。

ロブチェイーストを選んだのは、6000mを超えるトレッキングピークでありながら、最後の部分は比較的技術が必要とされるからだ。そのため、日本からはすでに別送便で食糧や登山道具を送っておいた。これらの荷物を昨日から、貫田さん、五十嵐さん、三戸呂君で確認、隊と一緒に出発する手配をしてもらった。

僕達を乗せた飛行機は順調にルクラに到着した。

久しぶりのヒマラヤの希薄な空気を肺に吸い込む。

澄み渡った空気の中にヤックの糞を燃料とするストーブの煙が刺激臭となりせき込む。

天気は晴れ、いつもお世話になっているナワヨンデンさんのホリデイロッジに入り、トレッキングのスタンバイをする。

ルクラの標高2800mから2600mのパクディンはおおむね下り、農村とバティ(お茶屋)が並ぶ街道をヤック、ポーター、海外のトレッカーとすれ違いながら歩いて行った。

お父さんの調子はよさそうだ、登りもそれほどペースが落ちずにしっかりとした足取りでマイペースで進む。

パクディンには230分には到着したが、僕達の宿は町を抜けて、デゥーデゥコシ川を越えた先にあるSunrise Lodgeというロッジだった。とても綺麗なロッジで、それぞれの部屋に水洗トイレがあった。これまでパクディンで泊った中で最も快適なロッジだった。


三浦校長&豪太さん ロッジにて

 
トレッキング中の三浦校長
 
 
いよいよ本格的に三浦校長のトレーニング遠征がスタートしました。
無事にトレーニングを終えられることをお祈りしています。
校長、トレーニングがんばってください!



10月17日 三浦校長 トレーニング遠征出発

2012年10月17日深夜、三浦校長と、校長の息子で今回の遠征隊の副隊長でいらっしゃる豪太さんがトレーニング遠征のためカトマンズへ出発されました。

 
 
 
三浦校長はこれから1か月弱のトレーニングを行い、11月10日に成田に帰国される予定です。
今後のトレーニング遠征の様子もお伝えしていきますので、皆さん時間がある時にはぜひこのブログを読みに来てくださいね。
 

2012年10月13日土曜日

PRgirls

私たちは、三浦雄一郎校長先生の2013年エベレスト挑戦の軌跡を全国のクラーク生に情報発信するために結成された横浜青葉キャンパスのPRgirlsです。

昨日行われた三浦校長の記者会見、誕生日パーティーにはスタッフとして参加しました。

誕生日パーティーでは東京キャンパスパフォーマンスコースの皆さんが素晴らしいラップと歌を、私たち横浜青葉キャンパスは特製の誕生日ケーキをプレゼントさせていただきました。
 
 
 

三浦校長は記者会見で「エベレストに80歳で挑戦するのは人類の限界といえるが、その限界が山頂ならこんな幸せはない」と仰いました。
そんな校長をクラーク生らしく、みんなで応援していきましょう!


私たちPRgirlsは今日も学校に集合し、全キャンパスにお送りする号外を作成しています。
楽しみにしていてくださいね!
これからも、いち早く皆さんに校長の様子をお伝えしていきますのでよろしくお願いします。